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今坂正一の世界

2007年11月4日(日曜日)

アオハムシダマシ属をめぐって(その6)

カテゴリー: - imasaka @ 12時18分05秒

研究再開
2003年の正月、一念発起して研究を再開することを宣言し、協力依頼の手紙を矢継ぎ早に出した。それに答えて、各地の研究者・同好者50名以上の方から協力快諾の返事や、さっそくの標本が届いた。
それから1年余り経った2004年3月には、全種合わせて検視個体数が3000頭を越えた。各地の多くの個体を比較検討してみたところ、国内に予想以上にたくさんの種が生息していることが確認された。

ニシアオハムシダマシグループ
上翅の肩に角張った隆起線が存在する種は、ニシアオハムシダマシ、タカハシアオハムシダマシに加えて、さらに2種みつかった。
1種はNakane博士が京都市大悲山から記載したキアシアオハムシダマシあり、北海道大学博物館のNakaneコレクション中にあるホロタイプ(図1, 2, 3)を確認できた。(図は北海道大学に保存されているホロタイプ:左から、タイプラベル、ホロタイプ背面、♂交尾器背面)

キアシアオハムシダマシラベルキアシアオハムシダマシキアシアオハムシダマシゲニ

この種はニシアオハムシダマシに酷似し、肢全体が黄褐色で、♂交尾器もよく似ているために、記載文からの判断ではニシアオハムシダマシの亜種的なものと考えていた。
しかし、ホロタイプ確認後、四国の広い地域で同所的にニシアオハムシダマシと共に出現することが解り、互いに別種と判断した。

もう1種は、紀伊半島の大台ヶ原・大峰山系に限って分布するオオダイアオハムシダマシで、体型はタカハシアオハムシダマシに似るが、上翅の隆起線はやや弱く、多少丸みを帯び、肢の色彩はニシアオハムシダマシに似る。
(図はホロタイプ:ホロタイプ背面、♂交尾器背・側面;触角・足)

オオダイアオハムシダマシホロタイプオオダイアオハムシダマシホロタイプゲニ背面オオダイアオハムシダマシホロタイプゲニ側面オオダイアオハムシダマシ足

この4種は、♂交尾器先端が一本にとがって腹側へ突出することでも共通している。
(左から、オオダイ・タカハシ・キアシ・ニシの各♂交尾器図)

オオダイアオハムシダマシゲニタカハシアオハムシダマシゲニキアシアオハムシダマシゲニニシアオハムシダマシゲニ

アカガネハムシダマシグループ
アカガネハムシダマシは近畿地方では優占種で、さまざまな色変わりがでることは先に述べた。
この種は肢と触角が短くて太く、上翅も比較的短く、通常腿節先端は黒くて緑色の光沢がない。
(九州飯田高原産)

アカガネハムシダマシ

♂交尾器の先端は弱く二叉状になっており、パラメラの部分が特に細長い点が特徴的である。
(左から、♂交尾器先端、および、背・側面図)

アカガネハムシダマシゲニ先端アカガネハムシダマシゲニ

近畿以外では、色数が少なくなるなどの変異があり、肢の色も暗色部が無くなる個体も見られる。関東以北や四国で確認できないなど、興味深い分布を示す(分布図)。

アカガネハムシダマシ分布図

また、紀伊半島のアカガネハムシダマシと思っていた中に、背面は金緑色に限定され、肢と触角がやや長く、肢全体が黄褐色のものが見つかり、♂交尾器を比較してみるとアカガネハムシダマシと明らかに区別できた。
(図はホロタイプ:ホロタイプ背面、♂交尾器背面;触角・足)

キイアオハムシダマシホロタイプキイアオハムシダマシホロタイプゲニ背面キイアオハムシダマシホロタイプゲニ側面キイアオハムシダマシ足

このキイアオハムシダマシは三重県平倉以南でのみ得られており、この地域の固有種と考えられる。
(分布図)

キイアオハムシダマシ分布図

アカガネハムシダマシと共に、♂交尾器の先端は弱く二叉状になっており、パラメラの部分が特に細長い点が共通している。
(♂交尾器図)

キイアオハムシダマシゲニ


2007年7月15日(日曜日)

アオハムシダマシ属をめぐって(その5)

カテゴリー: - imasaka @ 11時23分47秒

日本産Arthromacraアオハムシダマシ属の研究事始め

日本産アオハムシダマシ属 Arthromacraの種を最初に記録したのはLewis (1895)で、
Arthromacra viridissima (原産地:宮ノ下、大山、東京、日光、人吉)、
Arthromacra sumptuosa (原産地:日光中善寺)、
Arthromacra higoniae (原産地:肥後の湯山)
の3種を新種記載した。

併せて、Marseul (1876)が記載したLagria decora (原産地:兵庫)を本属に移して
Arthromacra decora (分布:摩耶山近郊の神戸)とし、日本産を4種とした。

次いで、Kono (1929)は日本産の再検討を行い、上記5種について現在使用されている以下の和名を与えた。
アオハムシダマシArthromacra viridissima
アカハムシダマシArthromacra sumptuosa
ヒゴハムシダマシArthromacra higoniae
アカガネハムシダマシArthromacra decora
クロケブカハムシダマシArthromacra robusticeps

さらに、
ツマアオハムシダマシArthromacra apicalis (原産地:日光)(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)と、

ツマアオハムシダマシツマアオハムシダマシ側面ツマアオハムシダマシラベル

ケブカハムシダマシArthromacra abnormalis (原産地:台湾 阿里山: 当時日本領だった)の2種を新種記載し、日本産を7種とした。

戦後の研究はNakane博士から

Nakane(1963)により、
アマミアオハムシダマシ Arthromacra amamiana (原産地:奄美大島イカリ)を新種記載した(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)。

アマミアオハムシダマシアマミアオハムシダマシラベル

さらに、大図鑑において、日本領でなくなった台湾産のケブカハムシダマシを除いて、
アオハムシダマシ、アカハムシダマシ、アマミアオハムシダマシ、アカガネハムシダマシ、クロケブカハムシダマシの5種を図示し、
さらに本文中で、ツマアオハムシダマシとヒゴハムシダマシの2種に言及し、以上日本産7種を解説した。

その後、Chujo(1985)は、アマミアオハムシダマシを沖縄本島から、
日本新記録のA. abnormalisをウスイロハムシダマシと改称して石垣島から記録し、甲虫図鑑の中で上記8種を解説した。

Masumoto博士による本土産の統合

Masumoto博士は、日本産ハムシダマシ科全体の再検討を行い、
Arthromacraの構成種それぞれの種のタイプ標本の外形写真と♂交尾器を示した上で、
アオハムシダマシ、アカハムシダマシ、ヒゴハムシダマシ、ツマアオハムシダマシの4種をA. decoraのシノニムとして処理し、この種にアオハムシダマシの和名を与えられたことは、先(その3)に述べたとおりである。

Nakane博士の再検討

E氏との約束や、自身の結婚、転居、転職などが重なり、10年余りアオハムシダマシ属の研究を中断したまま放置してしまった。

その間にNakane博士が、国内にさらに複数種が存在するとして、1994年に
オオアオハムシダマシ Arthromacra majuscula (原産地:上高地近傍の徳本峠)(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)、

オオアオハムシダマシオオアオハムシダマシ側面オオアオハムシダマシゲニオオアオハムシダマシラベル

キアシアオハムシダマシ Arthromacra flavipes (原産地:京都市大悲山)
(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)

キアシアオハムシダマシキアシアオハムシダマシゲニキアシアオハムシダマシラベル

の2種を新種記載された。

さらに、1997年には
ニシアオハムシダマシ Arthromacra kyushuensis (原産地:鹿児島県栗野)(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)、

ニシアオハムシダマシ背面ニシアオハムシダマシゲニニシアオハムシダマシラベル

ミヤマアオハムシダマシ Arthromacra kinodai (原産地:宮崎県北川町上祝子)(図は北海道大学に保存されているホロタイプ)

ミヤマアオハムシダマシ背面ミヤマアオハムシダマシラベル

の2種を記載し、
合わせて、ヒゴハムシダマシArthromacra higoniaeを復活されたが、
アオ、アカ、アカガネの異同については言及されていない(和名は今坂, 2005による)。

以上の結果、文献上に関する限り、その時点で国内に
アマミアオハムシダマシ、
アオハムシダマシ Arthromacra decora
キアシアオハムシダマシ、
ヒゴハムシダマシ、
ミヤマアオハムシダマシ、
ニシアオハムシダマシ、
オオアオハムシダマシの7種が分布することになった。

私も、同様に、本土産アオハムシダマシ属は一種ではないと考え続けており、Nakane博士の考えを支持して、今坂(2001)において長崎県島原半島よりアカハムシダマシ、ミヤマアオハムシダマシ、ニシアオハムシダマシの3種を記録し、引き続き、今坂ほか(2002)において、長崎・佐賀県境の多良岳よりアカハムシダマシとニシアオハムシダマシの2種を記録した。
この状態が、私の研究のスタートラインとなった。


2007年6月25日(月曜日)

アオハムシダマシ属をめぐって(その4)

カテゴリー: - imasaka @ 10時33分25秒

タカハシアオハムシダマシ

この頃、親戚を頼って、山口県徳山市(現在は周南市)まで毎月商売に出かける話がまとまった。旅先での無聊を慰めるために周南昆虫同好会に入会し、中原氏(その後故人)、高橋氏、池田氏などと知己を得た。

彼等から、県境を越えた広島県側にある中津谷渓谷という好採集地を紹介され、中津谷産ハムシダマシ類を託された。その中に、高橋氏採集の上翅の肩に隆起線を持つ種(写真)が見つかったが、この種は腿節端が黒く緑光沢があり、雲仙産の黄褐色のタイプとは明らかに異なっていた。

これは別種と直感して、♂交尾器も異なることを確認した。肩に隆起線を持つ種も、九州産の一種のみではなく、複数種存在することを確認したわけである。(写真の全形図と♂交尾器はタカハシアオハムシダマシ・ホロタイプのもの)

タカハシアオハムシダマシタカハシゲニ背面タカハシゲニ側面タカハシ上翅肩部タカハシ足

ヤクアオハムシダマシ

1985年に母が亡くなって以来、遠隔地への採集旅行は控えていたが、1988年になって久々に屋久島に出かけた。学生時代には盛夏に出かけたので、今回は初夏を選んだ。

屋久島ではレンタカーを借り、発電機と灯火採集道具を積み込んで10日近く島内を走り回った。標高800m付近にある淀川小屋周辺では白い花にアオハムシダマシの一種が群らがっており、安房林道や白谷林道などの低山地でも同様のものがシイの花で見られた。ほとんどの個体は背面が金緑色だったが、数十個体採集した中に、赤銅色の個体が2頭混じっていた(写真右)。

ヤクアオハムシダマシヤクゲニ背面ヤクゲニ側面ヤク足ヤク赤型

屋久島産(写真左の緑タイプ全形図と♂交尾器はホロタイプのもの)は一見して、アマミアオハムシダマシ同様細長く、大部分の個体では肢全体が黄褐色で、九州産とは一見して異なっていた。

しかし、♂交尾器はパラメラが基部から先端に直線的に細まる点で、アマミアオハムシダマシよりはアカハムシダマシに近く、パラメラがやや太くて短い点で区別できた。Masumoto博士の論文では、アカハムシダマシなどと一緒に屋久島産も(新)アオハムシダマシに含めてあり、♂交尾器も図示してあったが、その図はパラメラが太短い屋久島産の特徴が現れており、屋久島産が独立種であることを改めて確信した。

帰宅後しばらくして、思いがけず母の旧友から突然の呼び出しがあり、見合いの後、あれよあれよと言う間に結婚することが決まってしまった。

台湾産アオハムシダマシ類の分類

国内産アオハムシダマシ類の中に複数の未記載種を発見し、日本産アオハムシダマシ類をどうにかまとめてみたいと考え始めていた頃、北陸の甲虫愛好家E氏から連絡があり、台湾産のアオハムシダマシ類の分類を手がけたいので標本を貸して欲しいとの依頼があった。台湾産についてはそれほど興味を持っていなかったので、即座に申し出を快諾した。

E氏は遠路はるばる島原まで出向かれて、結婚後間もない新居に一泊され、分類について語り合った後に、標本を持ち帰られた。しばらくして、E氏の論文が発表され、台湾産既知種3種に3新種を加えて6種とし、このうち、1種は私に献名された。貸与標本のうち、大部分をパラタイプラベルや同定ラベルを付けて返却していただいたので、現在も手元に台湾産6種を確認することができる。

E氏とは、その後日本産について共同で研究を進める約束であったが、E氏の個人的な事情で果たせなかった。


2007年6月8日(金曜日)

アオハムシダマシ属をめぐって(その3)

カテゴリー: - imasaka @ 20時54分32秒

雲仙と多良岳のアオハムシダマシ類

半年ほどの採集と放浪を経て、年末に長崎県島原市の実家に戻った。たいくつな田舎暮らしと、休みのない家業の毎日を過ごす中で、遠隔地へのカミキリ採集旅行は断念した。自宅からの日帰り採集がせいぜいで、町の背後にそびえ立つ雲仙(写真)と、車で1時間程度走ると山頂に立てる多良岳がベースグラウンドになった。

雲仙

この2つの山系には、赤紫色と金緑色の2タイプのハムシダマシが生息していた。その時点でアオハムシダマシと考えていた金緑色のタイプ(写真)は肢の大部分が黄褐色で、腿節の先端部背面側がやや黒ずみ、淡い緑色の金属光沢を持つ種で、雲仙では標高400m程度から山頂付近まで、時期になるとコガクウツギやサワフタギ、ミズキなどに多数が群れていた。

ニシアオハムシダマシアカハムシダマシ

一方、赤紫色のアカハムシダマシは、大山同様、1000m近い高地の比較的暗い林内でサワフタギなどの花上に少数個体が見られた(写真)。

調査を続けるうち、多良岳の山麓、轟の滝付近(標高300m程度)では5月の初旬にシイの花が満開になり、これに多数の甲虫が群がることを発見した。シイの花には、ブナ帯に生息すると思っていたミヤマクロハナカミキリとアカハムシダマシが同時に多数みられ、意外な気がした。アカハムシダマシに混じって金緑色のアオハムシダマシ?もみられたが、ここのは肢全体が黒くなるタイプで、雲仙同様の肢の黄色いタイプは見られなかった。しかし、この時点では、背面の色だけに気をとられて、肢の色までは気にせず、赤いのはアカハムシダマシ、緑のはアオハムシダマシと単純に考えていた。

低山地のシイの花にアカハムシダマシが多いというのは九州では比較的普遍的であるようで、この後、長崎県内の西彼杵半島でも経験し、ずっと後になって、五島列島の中通島山王山でも追体験をした。山王山では肢全体が黒いアオハムシダマシ?とアカハムシダマシがほぼ半々に見られ、おまけに色違い同士の交尾カップルも見られた(写真)。

黒足アオハムシダマシ

  
椎矢峠のアオハムシダマシ類

数年間の家業勤めで仕事にも慣れ、近場の採集もマンネリ化して、有明海を渡って、九州脊梁の各地に1〜2泊程度の採集旅行に出かけるようになった。

熊本県矢部町の内大臣峡から延々と林道を遡り、1時間余りで標高1300m余りの椎矢峠にたどり着く。峠の向こう側はひえつき節で有名な宮崎県の椎葉村である。ここは、九州内で車で行ける最も高標高の採集地の一つで、夏のノリウツギの花上にイガブチヒゲハナカミキリが見られることで有名である。ある初夏には、ここで九州初記録となるエゾトラカミキリをミズキ花上に見いだした。

峠周辺はブナを中心とする原生林で、初夏のミズキの花には多くの甲虫が飛来する。峠から椎葉村側にしばらく下り、カシなどの常緑樹が出始めるあたりで、花上から多数のハムシダマシ類を採集した(写真)。

椎矢峠の4種

この中には、アカハムシダマシが少数と、金緑色のタイプが多数含まれていた。そして、金緑色のものには、肢の大部分が黄褐色の雲仙タイプと、腿節の基部だけ黄褐色で先端部がくっきりと黒く、その部分に緑色の強い金属光沢を持つ別のタイプも含まれており、その中には明らかに、小型のものと、今までに見た全ての国内産よりさらに大型の個体が含まれていた。これらが全て別の種と仮定すると、一本のミズキの花上に4種のハムシダマシが飛来していたことになる。

大図鑑を改めて眺めてみると、真のアオハムシダマシは腿節の先端部がくっきりと黒いこの小型の金緑色タイプに相当するようで、そうすると、肢が黄褐色になる雲仙タイプはアオハムシダマシではないことになる。それに、大型のものもなんとなく幅広でガッチリとしていて、アオハムシダマシとは違うような気がした。
そして、さらには多良岳で見た肢全体が黒い金緑色タイプは、椎矢峠では見つからなかった。

本土のアオハムシダマシは1種?

1985年に刊行された保育社の甲虫図鑑では、北隆館と同様、アマミアオハムシダマシ、アカガネハムシダマシ、アカハムシダマシ、アオハムシダマシの4種が図示されていた。しかし、種間の区別は難しいように書いてあった。

1987年にMasumoto博士によるハムシダマシ類の総説が発表され、これらのうちアマミアオハムシダマシを除く3種と、正体不明とされていた2種も含めて、本州・四国・九州などに分布するアオハムシダマシ類は全てが唯の1種にまとめられてしまった(アカガネハムシダマシの学名に、和名はアオハムシダマシを採用)。つまり日本産は、奄美大島と沖縄本島にいるアマミアオハムシダマシと、本土産の(新)アオハムシダマシの2種になったわけである。

この扱いは、しかし、私としては納得できなかった。海外にあるタイプ標本や、各地の個体の♂交尾器も図示してあり、正当な全ての手続きを踏んであったが、今までの野外での観察や採集状況から考えて、それらが1種とは到底考えられなかった。九州のみにおいても、雲仙と多良岳で2種か3種、椎矢峠では明らかに4種が生息していると考えていたからである。確かに♂交尾器での区別は難しく、外部形態にも色以外の決定的な区別点がないのは確かであるが、本土産が1種ということは、虫をやってるものの勘に外れる扱いである思った。

椎矢峠産には金緑色のものに3タイプが含まれていたが、そのうち肢の大部分が黄褐色のものは雲仙と共通であった。このタイプ(写真)は、雲仙では無数と言って良いほど生息していて、よく見ると上翅の肩の部分に、側縁と平行して角張った隆起線が存在していた。
また、♂交尾器(写真)を取り出して観察すると、パラメラの基部が幅広く、その先で急激に括れて狭まり、先端まで細かった。

ニシアオハムシダマシの肩ニシアオハムシダマシのゲニ

一方、アカハムシダマシ(写真)と、金緑色で腿節端が黒い2つの型は、上翅の角張った隆起線はなく、丸まり、♂交尾器(写真)は基部から先端に向かってほぼ直線的に細くなっていた。

アカハムシダマシの肩アカハムシダマシのゲニ  ミヤマアオハムシダマシの肩ミヤマアオハムシダマシのゲニ
♂交尾器の違いを確認した時点で、上翅や肢の色、生態などという曖昧な基準ではなく、明らかに形態的にも異なる複数の種が存在することを、はっきりと確信した。少なくとも、雲仙の金緑色タイプと、それ以外のものは、背面や肢の色を全く無視したとしても、上翅の角稜と♂交尾器という2つの異なる形質において、確実に区別することができたからだ。


2007年3月27日(火曜日)

アオハムシダマシ属をめぐって(その2)

カテゴリー: - imasaka @ 21時11分39秒

アマミアオハムシダマシ

大学卒業間際、沖縄が本土復帰になり、手ぐすねを引いていたカミキリ屋は我先に琉球列島を目指した。

これに遅れじと、早春から石垣島を皮切りに琉球列島を北上した。

沖縄本島の北部では与那覇岳の伐採地まで、急傾斜の悪路を伐採トラックの荷台に便乗して延々と採集に出かけた。シイの花には初めて見るカミキリたちが群がっており、それに混じって、アカガネハムシダマシに似た色とりどりのハムシダマシが多数這い回っていた。

図3これらの個体はやや細長く、太短いアカガネハムシダマシとは、一見して別の種に見えた(図3)。

次いで訪れた奄美大島八津野でも、同様にシイの花に群がっていた。大図鑑にはアマミアオハムシダマシとして、奄美大島の分布だけが載せられていたが、沖縄のものも同じ種だと思った。

台湾のアオハムシダマシ類

大学を出ると、家業の呉服屋を継ぐ準備として、いわゆる丁稚奉公にやられ、問屋に入社した。

問屋では検品や出荷、レジなどを通じて商品知識を吸収した。実家は永年この問屋と取引関係があり、内情を詳しく知られたくない問屋側の都合で、3年の約束が1年に短縮され、翌春には退社することになった。

これは好都合とばかり、一年間の丁稚暮らしで蓄えた貯金をはたいて、沖縄→台湾→沖縄→北海道と、100日間虫採り放浪に出かけた。

台湾では、ビル街の雑踏の中、自分とさほど違わない黄色い顔をした多数の人に囲まれて、それでも言葉の通じない孤独を味わった。

そのくせ、紅頭嶼の原野や、中部山地の山林では、上半身を露出したあやしい身なりの人から突然聞き慣れない日本語で話しかけられたりした。

図4採集地として有名な中部低山地のシイの花には信じられないくらい多数のカミキリたちが飛来していたし、川沿いの採集人のトラップには無数の蝶が羽を震わせ吸水しながら林立していた。

延々と長時間バスにゆられて、標高2000mの高地まで登って行っても、まだ常緑広葉樹林が広がっており、白っぽいシイの花にはカミキリ類と共に色とりどりのハムシダマシが多数飛来していた。

台湾産は日本産と比較すると、大型で細長く、赤銅色や銅緑色などのややくすんだ色のものが多く、日本産のような輝く赤紫色や金緑色のものは少なかった(図4)。


2007年2月26日(月曜日)

今考えていること

カテゴリー: - imasaka @ 11時54分08秒

はじめまして。色々な虫のことで、今考えていること、昔考えて書いたことなどを、綴ります。最初に、数回に渡って日本で最も美しいと考えている甲虫(コウチュウ)・生きている宝石「アオハムシダマシ類」のことを、一昨年まとめた「日本産アオハムシダマシ属の再検討」(今坂正一, 2005)から抜粋・改変して、お届けします。文中の人名については仮名を使用します。元の文章は比和科学博物館研究報告44号に掲載されています。

アオハムシダマシ属をめぐって(その1)

◇アカガネハムシダマシ
京都市北方、市街地のはずれに小高い丘陵が連なっている。その東端に当たる松ヶ崎山は比叡山の麓、岩倉の里の入り口に位置する。

アカガネハムシダマシかつて、虫を始めたばかりの学生時代、名前の通りアカマツを主とする雑木林に覆われたこの山を、瑠璃色に輝くクビアカドウガネハナカミキリを求めて彷徨った。このカミキリは春先に花に集まるとの情報があり、ウシコロシやガマズミ、ウツギ、コナラなど片端から白い花を中心に掬っていった。結局採れたのは通常の花とは趣の異なるマツの花で、それもネットや体中が花粉で真っ黄色になるほど花を叩いて、ようやく一頭が得られた。あちこち叩いてみると、マツの花には他の虫も結構集まっており、中でも赤や紫、緑などいろんな色に美しく輝く甲虫が多数見られた。こちらはマツだけではなく他の花上でも見られ、美しいこともあって手当たり次第採集し持ち帰った。

北隆館の大図鑑を広げてみると、アカガネハムシダマシの名前で載っており、「背面は銅緑色より赤銅色、時には藍色に光り、体下は通常銅色に光る」とあった。同じように花に来ている状況と、背面はさまざまな色をしていても、肢は大部分が黄褐色で、腿節先端部は黒く、体型もほとんど変わらないことから、すべて一つの種であることを納得した。

◇アカハムシダマシ
日ならずして、次にはシカの名所として知られる奈良公園に出かけた。当時そこはカミキリ採集の初心者には、春先の柳生街道に咲くカエデの花に集まるミヤマルリハナカミキリや、春日山山麓のアカメモチの白い花に集まるクビアカモモブトホソカミキリの多産により、有名であった。それらを得るべく知人に地図を書いてもらって、奈良駅から歩いて町を通り抜け、公園を抜けて、春日山を目指した。公園脇のアカメモチの花にはカミキリ類が群がっていたが、その中に、アカガネハムシダマシの色とりどりの姿も見られた。

アカハムシダマシ東大寺の裏のあたりを過ぎると、春日山はモミとシイを中心としたうっそうとした原生林に覆われており、林縁にひっそりと咲くウシコロシの花上で、赤紫色に輝くハムシダマシを見つけ、思わず採集した。アカガネハムシダマシよりやや大きく、肢全体が黒いので別の種のような感じがした。

帰宅して調べてみると確かに大図鑑にはアカハムシダマシとして別種で載っていた。その後も、日当たりの良い花に多数群がるアカガネハムシダマシに対して、アカハムシダマシは深い森の中の下生えの花などに、一頭、また一頭と単独で見られた。初夏に出かけた伯耆大山のブナ林中でも、アカハムシダマシは暗い林内のタンナサワフタギの花上から、ポツポツとみつかった。(つづく)


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