今坂正一の世界
九州の昆虫
自然環境アセスメント
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大野原で採集したオオクサキリ
−九州に於ける分布の特異性と近似種との区別−

田畑 郁夫・今坂 正一

 今坂は、2009年度の長崎県RDB調査の一環として、大野原における甲虫類を主とした昆虫類の分布調査を行なったが、その際に九州では非常に採集例の少ないオオクサキリを採集したので報告しておきたい。同定・保管は田畑である。
◎オオクサキリ Ruspolia sp.
 1♂. 長崎県東彼杵町大野原, 4. VIII. 2009. 今坂正一採集.(図1)

 オオクサキリの学名としては、従来Homorocoryphus dubius (Redtenbacher, 1891)が使用されてきたが、現在ではこの学名は属を変更しRuspolia dubiaとしてヒメクサキリに当てられている。その結果、オオクサキリには種小名が無いことになり、Ruspolia属の未命名の種と言うことになる。稀な種で、現在までに、本州 (新潟平野、関東平野:霞ヶ浦、利根川下流、渡良瀬遊水池) と九州 (福岡県北九州市平尾台、大分県由布岳北山麓) など、全国的にもごく一部の地域に、局地的に生息することが知られている。
 今回見つかった大野原は、九州における本種の3ヶ所目の生息地であるが、前2ヵ所の採集記録(いずれも田畑による)は、"ばったりぎす"総会において口頭で報告した後、バッタ・コオロギ・キリギリス図鑑(日本直翅類学会編, 2006)に地名が掲載されただけで、採集データを伴っていなかった。
 改めて、以下に採集データを記録しておきたい(全て北九州市立自然史歴史博物館に収蔵)。
 1♂(緑色型). 福岡県北九州市平尾台, 13. VIII. 1996. 田畑郁夫採集;
 8♂♂2♀♀(緑色型), 2♀♀(褐色型). 同上, 27. VIII. 1996. 田畑採集;
 4♂♂(緑色型), 1♂(褐色型). 同上, 3 .VIII. 1997. 田畑採集;
 4♂♂. 大分県由布市塚原由布岳北山麓, 7. VIII. 1996. 田畑採集.

 関東地方では、本種は海岸や河口付近のチガヤやススキなどがまばらに生えた砂地や、広い湿原のアシ原に生息しており、高嶋(2009)による新潟平野北端での観察でも海岸から遠くない、ヨシが優占する高径草原とされている。これに対して、田畑が報告した九州産の生息地(平尾台・由布岳北山麓)は、山地の高茎草原であり、その点で、九州における本種の分布自体にも疑問の目が向けられたこともあった。
 今回思いがけず、従来の産地である北部九州から150kmほど離れた長崎・佐賀県境の大野原から発見されたことにより、本種が九州の複数の場所に確実に生息すること、および、九州産の生息環境の特異性が改めて確認されたことになり、まことに意義深いと考えられる。
 九州産の産地3ヵ所は、いずれも標高450〜600m程度の山地で、定期的に野焼きや草刈りが行われることによって人為的に維持されている高茎草原であることが共通している。
  九州産甲虫の中には、本種同様、本州各地では大河川の中・下流の河川敷などに生息している種であるにもかかわらず、九州ではこうした低地の河川敷では見つからず、九重など500mを超える高原の草地・湿地に限って発見されている種がある。例として上げると、チャバネクビナガゴミムシ Odacantha aegrota (Bates)、ミズギワアトキリゴミムシ Demetrias amurensis Motschulsky、クロスジチャイロテントウ Micraspis kiotoensis (Nakane et M.Araki)、アイノカツオゾウムシ Lixus maculatus Roelofsなどである。九州で、このような種が低地の河川敷で見つからない理由、さらに九重などの高原のみで見つかる理由も、今のところ答えを見出せていない。
 オオクサキリの分布についても、あるいは、これらの種と共通する要素があるのかもしれない。おまけに、本種には、いまだに本州西部(東海〜中国地方)・四国に広大な分布の空白域が残されていることから、分布への興味は尽きない。
 さらに、大野原や平尾台がオオウラギンヒョウモンの生息地であることを考えると、少なくとも九州では、オオウラギンヒョウモンが生息するような(比較的近年まで生息していたような)草原には、オオクサキリも生息している可能性があるのではないかと思われる。
 したがって、今後、阿蘇や九重、霧島など、このような草原が見られる地域から新たな生息地が発見されることもありうると考えられるので、よく似た同属の別種、クサキリおよびヒメクサキリとの区別点を紹介し、注意を呼びかけたいと思う。

1. 外見的特徴
 頭頂部の尖り具合はヒメクサキリ(図5)が最も細く尖り、クサキリ(図4)は鈍頭で、オオクサキリ(図1〜3)はその中間くらいだが、やや尖り気味でヒメクサキリに近いと言える。頭部全体はオオクサキリではかなり大きく、一見して「頭でっかち」の印象を受ける。翅端部はクサキリではやや裁断型であるが、ヒメクサキリとオオクサキリでは尖っており、この点でもオオクサキリはヒメクサキリの方に似ている。♀の産卵管長には顕著な違いがあり、オオクサキリの産卵管は、他の2種に比べかなり長大である。
2. 生態的特徴
 3種とも、成虫期は8月を中心としており、「夏の鳴く虫」と考えた方がよい。この点は同じクサキリ亜科のカヤキリも同じである。オオクサキリとカヤキリはやや早く、8月前半から半ばまでがピークで、クサキリとヒメクサキリはやや遅く、8月半ばから後半がピークとなる。♂が鳴く「位置」にも違いがあり、クサキリとヒメクサキリが比較的浅い草地の地表に近い低い位置で鳴くのに対し、オオクサキリとカヤキリは比較的深い草地で高茎草本の上部に登って鳴く習性がある。
3. 鳴き声
 クサキリ、ヒメクサキリ、カヤキリはジーーーやビーーーあるいはジャーーーいうような連続音であるが、オオクサキリだけ顕著に異なり、鳴き声には3型が知られ、最もテンポの速いものでは「シャーー」、中間的なものでは「チャキチャキチャキ・・・」または「キシキシキシ・・・」、最も遅いものでは「ジュワジュワジュワ・・・」と聴こえるという特徴がある。
 なお、比較のために図示したオオクサキリ♂♀(図2, 3)、クサキリ♀(図4)、ヒメクサキリ♀(図5)の標本は、田畑が北九州市立自然史歴史博物館に寄贈したものである。
 所蔵標本の撮影と本誌への掲載を快く許可していただいた同博物館の上田恭一郎博士に厚く御礼申し上げたい。

 引用文献
日本直翅類学会編(2006)バッタ・コオロギ・キリギリス図鑑. 728pp. 北海道大学出版会.
高嶋清昭(2009)新潟平野北端部のオオクサキリ. 月刊むし, (466): 33-34.


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