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雲仙岳の甲虫相

今坂 正一

はじめに

長崎県島原半島の中心に位置する雲仙岳は、1990年以降の噴火活動・とりわけ死者多数を出した火砕流災害によって、全国民の知るところとなった。雲仙岳は標高1360mの主峰普賢岳を中心とした火山であったが、その山頂直下東側からせり上がった溶岩ドームは標高1486mの平成新山を形成した。

このように全国区となる前でも、国内有数の国立公園・観光地として一般にも知られており、甲虫研究の分野でも約100年以上前のジョウジ・ルイスの時代から知られる有名採集地であった。彼が訪れた明治初頭、雲仙は避暑地として、外国人観光客も訪れる場所であったようである。彼の採集品を元にWaterhouse(1875)は、島原からダイコクコガネやネグロマグソコガネなどを記録しているが、雲仙の地名は出てこない。ただ、雲仙固有種のウンゼンチビゴミムシ Epaphiopsis unzenensis (Jeannel)が1930年、同じく学名に雲仙の名を持つコゲチャホソコガシラハネカクシ Gabrius unzenensis (Bernhauer)が、1938年の記載であるので、かなり早くから雲仙に採集者が訪れていたことが解る。

その他、学名・和名に雲仙の名を持つ種は、ウンゼンミズギワゴミムシ  Bembidion dostali Kirschenhofer、ウンゼンメダカハネカクシ Stenus unzenmontis Naomi et Puthz、ウンゼンオオズアリヅカムシ Nipponobythus omissus Lobl、ルリクワガタ雲仙亜種 Platycerus delicatulus unzendakensis Fujita et Ichikawa、ウンゼンクビボソジョウカイ Hatchiana unzenensis Imasaka、ウンゼンケナガクビボソムシ Neostereopalpus imasakai Nakaneなどが知られている。

雲仙岳の範囲と植生

通常、雲仙岳と呼ぶ場合、地獄や温泉街、絹笠山など中腹以上の地域を含めて指す場合が多いが、今回の報告では、範囲を狭く絞って雲仙岳の標高1000m以上に限定して甲虫相を述べたい。対象にする地域は、ミヤマキリシマでも知られる仁田峠展望所よりほぼ上の部分であり、地図上で確認すると東西約2.5km、南北約1.5kmの範囲である。主峰普賢岳から左回りに国見岳(標高1347m)、妙見岳(標高1333m)、その間にある鬼人谷、薊谷を含む。この地域の東半分が島原市、西半分が小浜町に属していたが、2005年10月に小浜町を含む島原半島西半分の7町の合併で当地に因む雲仙市が誕生した。

伊藤(1977)の「長崎県の植生」によると、雲仙普賢岳一帯は、上部がコハウチワカエデ−ケクロモジ群落、下部はモミ−シキミ群集コガクウツギ亜群集とされる。上部は主として落葉広葉樹林で覆われ、ブナも混じる。下部はモミの大木が多く、低木層にシキミやタンナサワフタギ、ササが多い。普賢岳一帯は普賢岳紅葉樹林として国の天然記念物に指定され、また、標高950m〜1300mに当たる600ha余りが、夏緑林帯として雲仙・天草国立公園の特別保護地区に指定されており、昆虫を含むあらゆる生物・無生物は官公庁の許可なしには採集・採取が禁じられている。

研究史

先に述べたように、明治初頭より雲仙は避暑地として外国人にもよく知られており、国内で最も早くパブリックのゴルフコースが開設された。そのためか、外国人による当地からの断片的な種の記載などが知られている。国内の研究者による雲仙からの甲虫の報告が見られるのは戦後のことで、1950年代より布施康隆・渡慶次稔・山根孝夫・生島貞利・神谷寛之・浦田明夫・池崎善博・山口鉄男などの記録がある。1960年代には池崎・山口・江島正郎・田川康治・天野昌次・佐田禎之助などが報告している。1970年代以降、江島・野田正美・中尾進次・森田公造・岩崎傳次、それに筆者の一連の調査記録が加わる。以上のうち、山口(1960, 1966)、池崎(1966)、江島(1968)などは雲仙産甲虫相について概観している。また、藤田と市川が雲仙のルリクワガタを固有の亜種として記載したのは1982年である。その後、中根猛彦(1983)や小野裕(2001)などの断片的な報告があるが、環境保全意識の高まりと共に、国立公園の特別保護地区ということもあって、雲仙からの新たな採集記録はほとんど見られなくなった。

筆者は、雲仙噴火後の1995年に島原から転出したこともあって、それまでの記録を総括して、雲仙岳の記録を含む1972種を島原半島から記録した(今坂, 1999-2002b)。筆者の雲仙岳1000m以上の記録に関する限り、大部分が1970年代後半の採集品に基づいており、当然、噴火災害以前の記録である。噴火災害によって、該当地域の東部約1/3〜1/2はモミの大半が枯死するなど、火砕流と降灰やその堆積で甚大な被害を受けた。その後の現況については、断片的に報告されているが、甲虫に関してはごく一部しか明らかではない。ともあれ、噴火で壊滅的な影響を受けたかどうか、現在まで生きながらえた甲虫が何パーセント程度か、明らかではないが、今後の基礎資料として、少なくとも噴火前には生息していた甲虫相について明らかにしておきたい。

雲仙岳産甲虫の科の概要

今坂(1999-2002b)に掲載した島原半島産のうち、この地域(雲仙岳と表示)から記録した種を表1に示すと、甲虫目67科674種である。仁田峠から上、標高差400m足らず、面積も4km2に満たない地域であるので多いと言えるかもしれない。島原半島から記録された102科1972種のうち、科の66%、種の34%がこの地域から記録されていることになる。なお、比較のために使用した多良山系の甲虫のデータは今坂・西田(2002)からの引用である。多良岳の列の×印は多良山系からは未記録であることを示している。千M以上の列の○印は、島原半島では当地域のみで記録が有ること、△印は分布記録は○と同様だが明らかにそれ以外の地域でも分布している可能性が高い事を示している。

雲仙岳産で最も種数が多いのはハムシ科(70種)で、次いでカミキリムシ科(64種)、ゾウムシ科(62種)、ハネカクシ科(53種)、コメツキムシ・オサムシ科(52種)、コガネムシ科(42種)などが多い(表2参照)。

また、島原半島産の中で雲仙岳に産する比率が高いのは、ハムシダマシ科(89%)、オオキノコムシ・クワガタムシ・シデムシ科(67%)、タマキノコムシ・ツツキノコムシ科(60%)、コメツキムシ科(59%)、ホタル科(57%)、ハナノミ科(56%)、クチキムシ科(54%)、デオキノコムシ科(53%)、オトシブミ・ジョウカイボン・ナガクチキムシ科(50%)などである。これらは、湿潤な森林を生息地とする朽ち木性、菌食、捕食性などの種を多く含むグループである。

一方、比率が低いのはガムシ・コメツキダマシ科(9%)、ホソカタムシ科(10%)、ヒゲナガゾウムシ・タマムシ科(11%)、ハンミョウ科(13%)、ゲンゴロウ科(16%)、マルハナノミ(17%)、エンマムシ・アリモドキ科(19%)、ゴミムシダマシ科(22%)、ベニボタル・カッコウムシ科(25%)、オサムシ科(26%)などである。これらは、止水環境や、裸地などのオープンな場所に生息する種、枯れ木食のものでは暖地に生息する種を多く含むグループである。

雲仙岳産甲虫の種の特徴

科ごとに興味深い種を紹介すると、オサムシ科では、キュウシュウクロナガオサムシ、ミヤマメダカゴミムシ、ウンゼンチビゴミムシ(固有種)、セマルミズギワゴミムシ、キュウシュウホソヒラタゴミムシ、ミツアナアトキリゴミムシなど、山地・森林性の種を産する。雲仙岳山中には渓流も止水も含めて水環境はほとんど無いが、チャイロマメ・マメ・ヒメのゲンゴロウ3種が採れている。タマキノコムシ科ではオビスジ・ヒトツメなど9種が採れ、シデムシ科の山地性種ムナグロホソツヤシデが採れた。後者は長崎県下で唯一の産地である。ハネカクシ科は多くが多良山系での記録がないが、同定作業が難しいのが原因であり、生息の有無は今後の問題である。キノコに来るオオズオオキバ・ニセヤマトマルクビ、落ち葉から採れるミクバメダカ・オオツヤメダカ・カラカネマルズなどが興味深い。
菌食のデオキノコムシ科は9種得られ、ホソスジは山地性、タケムラはやや少ない。クワガタムシ科は8種、当地と多良山系のみの固有亜種とされるルリクワガタが注目されるが、近年亜種ほどの差は無いとか、多良と雲仙で異なると言ったさまざまな意見がある。その他、ヒメオオ九州亜種やオニ・アカアシなどの山地性種が採れている。ヒメオオは一例だけの記録で、生息がはっきりしない。

コガネムシ科は42種とかなり多く、糞虫でもゴホンダイコクやオオフタホシマグソが観光用の馬の糞に見られる。ツヤケシビロウド・ヤマウチチャイロ・タケムラスジ・アオウスチャ・キスジなどのコガネとアオアシナガハナムグリは、ほぼ山頂周辺のみで見つかる。ミヤマナカボソタマムシはタンナサワフタギの葉上、ムネアカクシヒゲムシは立ち枯れ幹上に這っている。

コメツキムシ科は52種と多く、チャグロヒサゴ・ガロアムネスジダンダラ・チャイロツヤハダ・ヒメカバイロ・ホソナカグロヒメ・コキマダラ・ホソツヤケシなどが山地性で、前4種は多良山系でも記録がない。森林性のオバボタルやオオマドボタルが得られているが、これらは森林が有れば低地でも見られる。ジョウカイボンは17種が得られ、上記のように、山地性種の割合が多い。分類が未完成で、未記載種が多く含まれている。このうち、マツナガは多良山系の記録が無く山地性、リョウコ・ミツメ・チビなどもブナ帯からアカガシ帯くらいに生息する種である。ホソカッコウは標高に関係なく、山頂で得られることが多い。ケシキスイムシ科は15種記録されているが、ドウイロムクゲ・ヒメヒラタ・ムネアカチビが花で採れる以外は全てキノコに集まる種である。同様にキノコ類に集まるオオキノコムシ科は、二番目に高率で見つかっており、キリシマチビ・キボシチビ・カクモンチビ・ツマグロチビ・ベニバネチビなどが注目される。

落葉下性のテントウミジンムシ、ルイステントウダマシも珍しく、後者は九州と四国のみに分布する。テントウムシ科は24種記録されており、モミにつくルイステントウやウンモンテントウが興味深い。山地性のジュウロクホシテントウも県内で唯一の産地である。

カワウソタケにつくオモゴツツキノコムシは落葉下で得られた。朽ち木性のナガクチキムシ科も西日本では高標高で種が多く、ヨツボシヒメ・アオバ・ミゾバネなど10種が記録されている。ハナノミ科は未記載種も含めて22種が記録されており、そのうち半数近くが多良山系からは知られていない。コクロヒメハナの近似種(未記載種)は♂交尾器が特異な種であるが、1♂しか得られていない。このグループは小型で分類が難しい種が多く、研究の進展が期待される。山地性のアカクビカミキリモドキ、クロアカハネムシは多良山系未記録。多良と雲仙の固有種であるウンゼンケナガクビボソムシの分布は注目される。ニセクビボソムシ科は4種記録され、まだ未記載の種も含まれている。タケイフナガタハナノミ、ヒラタクチキムシダマシも朽ち木性で少ない種である。

ハムシダマシ科は雲仙岳に産する割合が最も高い科で、8種89%が記録されている。そのうち、アオハムシダマシ属は今坂(2005)により国内産が14種に整理され、雲仙岳産としてミヤマアオ・アカ・ニシアオの3種を記録した。表1中、ミヤマアオの多良山系は×マークがついているが、その後上記文献で多良から記録した。雲仙・多良共にアカは赤型と緑型の両方が生息する。クチキムシ科は7種が記録され、山地性のホソオオがモミの樹皮下で見つかった。ゴミムシダマシ科は13種と少なかったが、朽ち木性の種が多いので、もっと生息している気がする。ほぼブナ帯以上に生息するマルヒサゴと、国内で多良山系以西の長崎県本土のみに分布するコナガキマワリは注目される。2種共に後翅が退化して瓢箪型の体形をしている。

カミキリムシ科は64種記録されており、大部分は枯れ木・朽ち木性、一部が生きた幹・枝を食べる。全体に占めるハナカミキリ亜科の比率は高く(23種, 36%)、カミキリ亜科は低い(7種11%)、フトカミキリ亜科は29種45%で普通である。今坂・岩崎(1982)で各地の亜科比率を比較したが、その際、島原半島全体では、ハナカミキリ:カミキリ:フトカミキリの亜科比率は、17:24:53だった。多良岳(17:30:47)、英彦山(24:28:44)と比較しても、雲仙岳ではハナカミキリ亜科とカミキリ亜科の比率が逆転していることが解る。こういった傾向は、山地の山頂部のみのファウナで顕著であるようで、富士山(36:17:42)や小田深山(31:19:46)でも近似している。高標高の山地では北方系のハナカミキリ亜科の比率が増加し、暖地性のカミキリ亜科の比率が減少するようである。

ムナコブハナとクロホソコバネは県内でここだけの分布、フタコブルリハナ・サイゴクヒメハナ・ソボリンゴは多良山系の山頂部でも記録がある。ヒミコヒメハナカミキリ西九州亜種 は島原半島・多良山系・佐賀八幡岳の固有亜種である。

ハムシ科は70種と最も多く記録されており、アカイロナガ・オオルリヒメ・オオサクラケブカ・エグリバケブカなどは山地性で、県内では当地のみ。キアシチビツツ・ヒメツヤ・ムネアカサル、アカチャサル・ドロノキ・アカソ・ズグロキ・イタヤ・ルリウスバ・カクムネトビ・セスジクビボソ・モリモトタマノミなどは多良でも採れているが山地性である。

ホストとして、草本と樹木に依存するものの比率は18:52で、圧倒的に樹木を食樹とするものが多い。暖地に多いヒゲナガゾウムシ科は僅かに3種を産するのに対して、北方系のオトシブミ科は18種(島原半島産の半数)と多い。アカクビナガオトシブミとコクロケシツブチョッキリは多良山系の記録が無い。ミツギリゾウムシは伐採木などに見られるが最近余り見かけない種である。

ゾウムシ科は62種が記録されており、ミヤマヒゲボソ・キマダラシギ・ジュウジコブサル・トゲカタビロサルなどは山地性で、県内から他に記録がない。ゾウムシ科においても、枯れ木・朽ち木性や樹木をホストとする種、落葉下で生活する種などが大部分で、草本を食草とする種はヤサイゾウ・カツオゾウなどごく僅かである。オサゾウムシ科(2種)とキクイムシ科(5種)は枯れ木食の種が記録されている。

雲仙岳産甲虫相の特徴

表3に、分布型の説明と、その分布型に含まれる種の数と比率を示した。種ごとの分布型は、表1に示している。比較のために島原半島全体と多良山系についても示した。この分布型の比率について、今坂・西田(2002)で多良山系と島原半島の比較を行った。多良山系では島原半島に対して、北方・本土系種Eの比率が特に多く、島原半島には生息しない多良山系固有種Qと、脊振・多良山系固有種Pがいるという特徴があった。一方、島原半島は南方系広域分布種B、九州固有種J、琉球系種H、暖地系種Gなどの比率が多良山系より高く、多良山系に分布しない島原半島固有種Lの存在があった。このことは、多良山系の甲虫相は、本州・九州系の山地性の種が英彦山方面から陸づたいに分布を広げてきて、構成の中心となったのに対して、島原半島までは達することが出来無かった種が少なからず存在して、空いた生態的な隙間に移動力の高い広域分布種(南方系の種がより多く)が侵入して島原半島の甲虫相が構成されたと結論づけた。

さて、今回の雲仙岳では、島原半島全体や多良山系とは甚だしく構成が異なっている。

最も多いのは本土系種Fで246種(36.5%)、次いで北方・本土系種E(122種, 18.1%)と北方系広域分布種A(121種, 18%)で、この3群で72.6%を占める。同じ3群で島原半島全体では60.6%、多良山系では63.4%であるから、北方系種が相当優勢であることが明白である。雲仙岳では、次いで多いのは、南方系広域分布種B(59種, 8.8%)で、大陸・本土系種C(45種, 6.7%)と続く。この順位は、島原半島全体と多良山系でも同様だが、B・C共に、半数〜6割程度に減少している。標高が高いので、南方系種が減少するのはうなづけるが、大陸・本土系種Cが少なくなる原因は不明である。

さらに、雲仙岳では九州固有種J(24種, 3.6%)、暖地系種G(18種, 2.7%)、九州・四国固有種I(8種, 1.2%)、琉球系種H(3種, 0.3%)と続き、その他に、大陸系種D、佐賀・長崎固有種K、島原半島固有種Lがそれぞれ2種(0.3%)、北九州固有種Oが1種(0.1%)が分布する。このうち、JとG、IとHは、島原半島全体と多良山系では同様にそれぞれ逆転しており、雲仙岳では暖地系のGとHの減少が著しいことが解る。また、この地域の固有種K、L、Oなどは島原半島全体とほぼ同じ比率を保つ一方で、大陸系Dは減少している。
結局、雲仙岳の甲虫相は北方系・本土系の種を主力にして、固有種も若干含みながら、南方系と大陸系の種

かなり欠くという構成になっているようである。これは、高標高ということと、大部分森林で、草地・裸地・水環境が乏しいという生態的な理由も考えられる。一般的に、広域分布種は森林よりオープンな環境により侵入しやすいと考えられるからである。

雲仙岳産甲虫相の起源

今坂(2002a)において、多良山系に分布する固有種の侵入と成立について述べたが、結論として、大部分の種は英彦山→脊振山→多良山系という経路で侵入したと考えた。固有種は大部分が北方・本州系起源であり、リス氷期(25-15万年前)に多良山系に侵入したと考えられる。雲仙岳を含む島原半島の陸地化もこの頃と推定されるので、固有種を含む大部分の北方系甲虫は、その時期に雲仙岳に侵入したと考えられる。その後のリス・ウルム間氷期に、ウンゼンチビゴミムシ・ルリクワガタ雲仙亜種などの固有(亜)種が成立し、ウルム氷期(2.5-1.8万年前)に再度繋がった折りに、ルリクワガタ雲仙亜種は多良山系に再侵入した。大陸系の種などはこの時期に多良山系から島原半島に侵入したのではないかと考えている。当然、南方系種の侵入はウルム氷期の後、温暖化してからと考えられる。このような島原半島への侵入時期の差が、森林・高標高という雲仙岳の自然環境と相まって、生息する甲虫相の種類構成に影響を与えていると考えられる。

雲仙岳に分布するRDB種

表4に、雲仙岳に分布するRDB(レッドデータブック)掲載種を示した。環境省指定の種は雲仙岳には分布していない。長崎県指定の種としては、島原半島の固有種1種、島原半島・多良山系固有(亜)種2種、多良山系以西の固有種1種、山地性の希種8種などが含まれている。大部分の種の説明は先に述べたので省略する。これらの種は森林環境に依存しているので、雲仙岳の原生状態の森林が今後も維持されることを期待したい。

まとめ

1.雲仙岳の標高1000m以上、いわゆる夏緑林に生息する甲虫67科674種を記録した。

2.その中で、島原半島全体と比較して、雲仙岳に産する比率が高い科について、どのような生態的特徴を持つ科が多いかを述べた。

3.雲仙岳に産する甲虫の種について、科ごとの種数、注目される種の特徴を述べ、どのような種を多く産するかを述べた。

4.種の分布型の解析により、雲仙岳の甲虫相の特徴について述べた。

5.雲仙岳産甲虫の侵入時期等の推定から、雲仙岳産甲虫相の起源を推定した。

6.雲仙岳に分布するRDB種13種について紹介した。

7.以上の結果、雲仙岳の甲虫相は、北方・本州系起源の種がリス氷期に多良山系を経由して侵入して中核となり、その後ウルム氷期にも再度侵入し、氷期後の温暖期〜現在には南方系の種が侵入して現在の構成が成立したと考えられる。種レベルでは、湿潤な森林を生息地とし、樹木の葉、枯れ木・朽ち木、それらに着いた菌、落葉などを食料とし、あるいはそうした環境に生息する昆虫類などの小動物を捕食する種が多い。環境としてほとんど存在しない、草地・裸地性の種や、渓流、止水などを利用する種がごく少なく、高標高のため南方系・暖地系の種が少ないと考えられる。

参考文献

(本文・表などに直接データ等を引用したものに限定して示す。文献記録の詳細については、以下の今坂, 2002bを参照されたい。)

伊藤秀三(1977)長崎県の植生, 147pp, 長崎県.
今坂正一(1999)長崎県生物学会誌,(50):125-170.
今坂正一(2000)長崎県生物学会誌,(51):19-39.
今坂正一(2001a)長崎県生物学会誌,(52):56-73.
今坂正一(2001b)長崎県生物学会誌,(53):65-84.
今坂正一(2002a)佐賀の昆虫,(36):481-526.
今坂正一(2002b)長崎県生物学会誌,(55):53-73.
今坂正一(2005)比和科学博物館研究報告,(44): 61- 163.
今坂正一・岩崎傳次(1982)北九州の昆蟲, 29(3):193-200.
今坂正一・西田光康(2002)佐賀の昆虫(36): 389-480.


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