今坂正一の世界
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冗・界・凡、あるいは饒・怪・煩??

今坂正一

What's joh kai bon?
-On the Japanese Cantharidae-
By Shoichi Imasaka

冗、あるいは饒
ジヨウカイボン科 Cantharidaeの成虫は、一見小型のカミキリムシに似ています。細長い体に、長い触角と足を持ち、早春から初夏にかけて、花上、葉上などに多数が群がっており、他の虫を捕食したり、花粉を摂食したりしているのが見られます。また、小型の一群は、アブラムシなどの体液を吸収しているようです。成虫をつかむと体は柔らかく、茶色い消化液を吐き出したり、大顎で指に噛みついたりします。幼生期については、落葉下や石の下などに生息し、捕食性であろう、と考えられていますが、具体的な日本産の生活史は、まだほとんど知られていません。標本にするときは整形が難しく、見栄えも悪いので、従来、甲虫を研究している人には、あまり人気のある虫ではありませんでした。正直、私自身、初期の頃にはあまり採集する意欲もなく、その素晴らしい魅力に気が付くまでは、特に興味を持っていませんでした。
さて、ジョウカイボン科は世界で7,000 種以上が知られる大きな科です。日本産は、1985年の佐藤による講演では約70種、1989年の今坂による集計では112 種が数えられ、現在、高橋(1998)によると、196 種が知られています。つい最近になってやっと解明が進んで来たグループと言えるでしょう。日本産の種は、MOTSCHULSKY 、KIESENWET-TER 、HAROLD、LEWIS 、PIC 、WITTMER 、BRANC-UCCIなど、主として海外の研究者によって命名されてきましたが、戦後、大林一夫、中根猛彦、佐藤正孝、石田勝義、矢島民夫、T.MAKINO、高倉康男、高橋和弘、奥島雄一、木野田毅、高橋直樹などの研究により急速に種数が増えています。最終的には、400 種に達するのではないかとの推定もあり、地方変異も多いので、研究当初考えられたより、ずっと多様性に富んだ、種数の多い科であると言えるでしょう。研究者、同好者のなお一層の精進が期待されます。


ジョウカイボン科はホタル科、ベニホタル科、ホタルモドキ科と共に、ホタル上科に属しています。大顎、頭部、爪、♂交尾器などを使った系統解析によると、ホタルモドキ科に最も近く、次いでホタル科に近いという結果が出ています。ジョウカイボンを含むホタル上科は、かつてジョウカイモドキ科、アカハネムシ科、カミキリモドキ科などと共に軟鞘類と総称され、甲虫の中でも鞘翅が柔らかい特殊なグループと考えられてきました。しかしながら、CROWSON(1981) などによって、後者の各科とは類縁が遠いとされ、現在は、コメツキムシ系列の中に置かれています。森本  (1986)の解説によると、多くの甲虫では腹部第8〜9節は体腔内に落ち込んで外部から見えず、特に9節は交尾器の一部として変形していることが多いのに対して、ジョウカイボンでは9節まで露出し、特殊化は見られないそうです。つまり、ジョウカイボン科はこの1点だけ取ってみても、甲虫の中では極めて原始的で、後翅の翅脈の型、第1〜3腹板の形(完全腹板型)などを含めて、カブトムシ亜目の中でも最も原始的な科だと考えられているわけです。
甲虫(カブトムシ亜目)の中で最も原始的な形質を持ち、そのくせ、テントリウムの形、左右不対称の♂交尾器、交尾時に雌を把握する腹節や交尾器の発達、小翅など、特殊化も強く、系統的にも摩訶不思議な科と言えるでしょう。
日本産のジョウカイボン科は現在、コバネジョウカイ、チビジョウカイ、クシヒゲジョウカイ、ジョウカイボンの4亜科に区別されています。コバネジョウカイ亜科は主として南アメリカと熱帯アジアで繁栄しており、上翅が腹部を完全に覆わない点、♂交尾器が左右不対象で捩じれている点などの特徴があります。チビジョウカイ亜科には、交尾時に、雄が複雑に発達した腹節の腹板と背板で雌の腹部を把握するMalthodini族と、雄の腹部が単純で大顎に歯のあるMalthinus 族に区別され、前者は主として旧北区の温帯地域に、後者は世界中に分散して分布します。両者共に、♂交尾器のベーサルピースがメディアンローブの腹面を広く覆うという特徴があります。クシヒゲジョウカイ亜科は主として熱帯を中心として繁栄しており、黒く小型で雄は櫛状の触角をもつものが多いのですが、東南アジアではジョウカイボン亜科の種と見紛うばかりの、金属光沢を持つ美麗種も存在します。多くは、前胸背の側縁に切れ込みを持ち、♂交尾器のベーサルピースとラテラルローブが癒着しています。ジョウカイボン亜科は主として新旧北区で繁栄しています。ジョウカイボン族は頭部の後半が狭まらず、咽頭縫合線は両側に離れるのに対して、クビボソジョウカイ族は頭部の後半が狭まり、頭部のキチン化が強く、咽頭縫合線の間隔はごく狭いか融合する事で区別されます。ジョウカイボン族の分布範囲は広いのに対して、クビボソジョウカイ族では局地的で、heydeni グループでは北アメリカの中緯度地方と朝鮮半島、日本だけで、Asiopodabrusのグループでは中国の一部と台湾、朝鮮半島、済州島、そして日本だけです。両グループともに日本に最も多くの種が分布しています。


ジョウカイボンAethemus suturellusは、多くの班紋が異なる亜種が知られています。体色以外にも、♂交尾器にも各地で変化があり、兵庫県付近を境にして変異が断絶しており、現在は東のものをジョウカイボン、西のものをニシジョウカイボンAethemus luteipennis と、別種として扱っています。後者はさらに九州において、大略、西九州・北九州と、南九州のそれぞれのグループの体色が異なっています。また、リョウコジョウカイと仮称している未記載種では、筑後平野を境として、西九州と東九州では♂交尾器の形が異なっています。ウスチャジョウカイAthemellus ins-ulsus では大略、中央構造線の西側に上翅の黒いタイプが、東側に上翅の茶色いタイプが分布しており、高橋(1998)ではそれぞれ別の亜種と見做しています。この様に、分布の広い種においては、ある地域を境に、形質が大きく変化していることが多く、その境界となる線は、いくつかの種で重複していることが多いようです。これらの境界線を分化線と呼び(今坂 1987,1989)、地史との関連で種の分化の手掛かりとして活用しようと考えているところです。
上記種以外にも、分化線が予想される種はかなり多いと言えます。その結果、現在知られる全ての種に付いて、分化線が存在している可能性があり、今後調査する必要があります。極端に言うなら、山ごとに種が変化しているかもしれないのです。種によって、種レベル、亜種レベル、それ以下の、すべてのランクの変異が考えられます。
今坂・山地・渡辺(1990)では仮に岡山県と長崎、熊本、滋賀、奈良の各県とのファウナの比較をしました。当時知られた、クビボソジョウカイ族を除くジョウカイボン科の種の共通率は、岡山−滋賀で最も高く83%、岡山−熊本で最も低く60%です。クビボソジョウカイ族では同様に岡山−滋賀60%、岡山−熊本27%です。甲虫の中では最も分化が激しいと考えられているヒメハナカミキリ属で岡山−滋賀94%、岡山−熊本86%、オサムシ類の岡山−滋賀70%、岡山−熊本100 %と比較しても、ジョウカイボン科の共通率がいかに低いか、つまり地域分化がいかに著しいかが理解できると思います。特にクビボソジョウカイ族の分化は極端です。おまけに、先に述べたように、この類はほとんど北アメリカと極東にしか分布せず、一部の群では90%以上が日本産です。日本の専売特許、日本を代表する甲虫と言える(日が何時か来る)と思います。

凡、あるいは煩
高橋(1992,1995) によると、神奈川県から71種のジョウカイボン科甲虫が知られています。熊本県では49種(今坂・大塚 1996)、広島県では48種(今坂・中村 1993,1994,1995,1996) 、岡山県では47種(今坂・山地・渡辺 1996)、新潟県では40種(今坂・山屋 1993)が記録されており、各県に50〜80種のジョウカイボンが分布している可能性があります。一部の種を除いて、ほとんどの種はいわゆる普通種で、研究材料を揃えるのは比較的容易です。採集をされた方ならご存じと思いますが、早春〜初夏のシーズンには花上、葉上などに無数に群がっているのを見ることがあります。また、湿気の多い無風の日の灯火には一晩に1000頭ものジョウカイボン類が飛来する事もあります。これほど個体数の多い成虫に対して、幼虫が発見される事はごく稀で、その生態は謎に包まれています。
一方、1種と思われていた種の中に姉妹種を含む事も多く、日本中に分布するセボシジョウカイAthemus vitellinus の中から、高橋(1992)によってオカベセボシジョウカイAthemus okabei が発見されました。私自身も、九州産のジョウカイボン(実はニシジョウカイボン)の中に未知のジョウカイボンの近似種(実はニセジョウカイボンAthemus infuscatus)が潜んでいることを発見し、この発表が自身のジョウカイボン研究の第一歩となりました(今坂 1982)。
各種に付いて、同一地域に於いても、ほんとにその種は1種で、ほかの姉妹種を含んでいないか確かめる必要があります。
以上述べたように、ジョウカイボンを対象とした研究テーマは無数にあります。新種も新亜種も各県に5〜10種位は生息するものと思われます。おらが町のジョウカイボンも今なら発見可能です。後翅が十分に長く、自由に飛翔できるジョウカイボン類がなぜ、分布域が狭く、山ごとに変化するのか。過去において、そして今現在、日本列島で起こっている、種の進化と言う自然の大いなる営みを、あなたも調べて見ませんか?

参考文献
今坂正一(1982)ジョウカイボンとその近似種について、月刊むし、(138):24-26.
今坂正一(1987)多良岳の甲虫相について、佐賀の昆虫、(19):261-282.
今坂正一(1989)長崎県の甲虫相−分化線から見た甲虫相−、長崎県の生物、:177-184.
今坂正一・中村慎吾(1993)広島県のジョウカイボン相(予報)、比和科学博物館研究報告、(31)  :43-65.
今坂正一・中村慎吾(1994)広島県のジョウカイボン相(第2報)、比和科学博物館研究報告、(32):19-24.
今坂正一・中村慎吾(1995)広島県のジョウカイボン相(第3報)、比和科学博物館研究報告、(33):65-68.
今坂正一・中村慎吾(1996)広島県のジョウカイボン相(第4報)、比和科学博物館研究報告、(34):123-128.
今坂正一・大塚勲(1996)熊本県のジョウカイボン科、熊本昆虫同好会報、40(3):33-71.
今坂正一・山地治・渡辺昭彦(1990)岡山県のジョウカイボン相、すずむし、(125):1-23.
今坂正一・山屋茂人(1993)新潟県のジョウカイボン科(1) 、長岡市立科学博物館研究報告、(28):47-62.
森本桂(1986)原色日本甲虫図鑑I、保育社.
高橋和弘(1992)神奈川県のジョウカイボン科、神奈川虫報、(100):71-124.
高橋和弘(1995)「神奈川県のジョウカイボン科」の追補について、神奈川虫報、(113):19-37.
高橋和弘(1998)日本産ジョウカイボン科目録、神奈川虫報、(122):29-48.


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久留米市高良山とその周辺で採集した昆虫類(1988年−1998年)