今坂正一の世界
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白水隆先生と甲虫と私

今坂正一

1981年8月23日長崎県島原市礫石原にある九州大学連盟合宿所で生態学会の九州支部会が行われた。長崎昆虫同好会の池崎さんのお誘いで、学会員でもないのに地元のよしみで講演を聴きに出かけた。

さまざまな講演の後お開きとなったが、車で出かけていたこともあり、島原駅までお送りするついでに、高名な白水先生と木元新作先生、池崎さんを自宅に誘った。むし部屋と称している屋根裏の自室に招き入れた途端、白水先生から「ここが今坂君の研究室かね・・」と言われて、お尻の当たりがむず痒い気がした。白水先生とは、面と向かって話をするのは最初だったが、旧知のように語りかけて下さって、おずおずと差し出す甲虫標本などを機嫌良く見ていただいた。それまでに、同好会誌などに多少の文章を載せたことがあったが、先生はそのほとんどをご存じのようだった。

それから、年賀状などの儀礼的なおつきあいを開始し、その後に連載した「ヒサゴゴミムシダマシ属の系統と進化」の別刷りを送付した際は、身に余るお褒めの言葉をいただいた。先生は蝶の世界的な権威で、私は甲虫一本のアマチュア、もともとは何の関連も無いように思っていたが、実は先生は大の甲虫ファンで有り、森本先生、中條先生などと共著でいくつかのデオキノコムシやハムシの新種を記載されていることに気が付き、急に身近に感じた。シロウズヒラタチビタマムシを始め、白水先生に因む甲虫も多い。以下に日本産を挙げる。

白水先生に因む日本産甲虫

1. シロウズモリヒラタゴミムシ Colpodes shirozui (Habu)
2. コヒメデオキノコムシ Scaphidium montivagum Shirozu et Morimoto
3. ツシマデオキノコムシ Scaphidium tsushimense Shirozu et Morimoto
4. カギアシデオキノコムシ Scaphidium yasumatsui Shirozu et Morimoto
5. クロチビナカボソタマムシ Nalanda wenigi shirozui Y.Kurosawa
6. シロウズヒラタチビタマムシ Habroloma kagosimanum (Obenberger)
7. クロチビタマムシ九州亜種 Trachys pseudoscrobiculata shirozui Y. Kurosawa
8. イシガキチビサビキコリ Adelocera shirozui ishigakiensis (Ohira)
9. シロウズベニコメツキ Denticollis varians shirozui Ohira
10.ムネアカマメツヤケシコメツキ Abelater shirozui (Kishii)
11.シロウズツヤケシコメツキ Megapenthes shirozui shirozui Kishii
12.コガネホソコメツキ Sericus bifoveolatus (Lewis) (註. 属名Shirozulusから現在は左記属に変更)
13.シロウズクチブトコメツキ Silesis okinawensis shirouzui Kishii
14.ツシママメコメツキ Yukoana shirozuana Kishii
15.シロウズヒメハナムシ Heterolitus shirozui Hisamatsu
16.メダマテントウ Shirozuella ocularis Sasaji
17.シロウズミジンムシダマシ Aphanocephalus shirozui John
18.オオオビハナノミ Glipa shirozui Nakane
19.シロウズクロヒメハナノミ Mordellistena shirozui Nomura
20.オオフナガタハナノミ Ectasiocnemis shirozui (Chujo)
21.オオクビカクシゴミムシダマシ種子島亜種 Dicraeosis carinatus shirozui Nakane
22.ヤクカサハラハムシ Demotina elegans Chujo et Shirozu
23.シロウズアシナガハムシ Monolepta shirozui Kimoto
24.ケナガトビハムシ Orthaltica shirozui (Chujo)
25.シラホシクチブトノミゾウムシ Orchestoides shirozui Morimoto
26.シロズキクイサビゾウムシ Synommatoides shirozui Morimoto

私は雲仙火砕流災害の後、久留米市に転居し、福岡のアセスメント調査会社に就職したが、その頃から以前に増して先生と近しくさせていただいた。先生は、新しい地元・久留米昆虫同好会の顧問格で、事務局の荒巻健二氏とは特に親しく、毎年10月中旬に久留米昆虫同好会が主催する高良山での昆虫祭(虫供養)には出席され、祭事後の懇親会では楽しく歓談され、お酒を召し上がって嬉しそうであった。

仕事で文献調査の必要が出来て、白水先生に文献の借用をお願いしたところ、二つ返事でお許しいただいた。白水先生のご自宅を訪問し、車で九州大学六本松学舎に移動して、校門右手にある図書館地下室の通称白水文庫へ案内してくださった。広さは6畳×2部屋分程度、入り口には鍵が掛けられていて、先生自ら開けていただいた。中には蝶を始めとした全ての昆虫の図鑑類、学会雑誌、各大学や博物館の研究報告、月刊誌、国内のほぼ全ての同好会誌、大学・高校・中学などのサークル誌、単行本など、昆虫に関する新旧のありとあらゆる文献が並んでおり、それから約8年間ほど、仕事にかこつけてはセッセと通わせていただいた。この膨大な文献類について、先生は必要な者には無制限に借用を許されており、備え付けのノートに必要事項を書いて借用した。「○○はなかなか返さん」との話もあり、このことを肝に銘じた。

白水邸には、文献借用以外にも上司の永井さんのお供で盆暮れのご挨拶に訪問し、昆虫界の大御所の昔話など様々の興味深いお話を伺い、時には食事をご馳走になった。時おり自宅にも「シロウズです」との電話があり、庭に出現したユリの害虫(ユリクビナガハムシ)のことやら、マメゾウムシのことなど甲虫に関する問い合わせをされた。次の訪問の際には、その虫に関する文献を持参し、標本をいただいて帰った。またなるべく自身の別刷りを持参したが、先生は「ありがとう」と受け取られ、たいてい「見たみた、よう頑張っとるね」と励ましの言葉を掛けていただいた。白水邸の座敷の机の上にはたいてい同好会誌や学会誌が堆く積まれており、その内容を読んで必要事項をノートされるのが毎日の日課ということだった。そうして溜まった文献をまとめて白水文庫に運んでいらしたが、一度に厚さが30〜40センチ程度、月に2回くらいは出かけられていたと思うので、年ごとに膨大な量になっていたと思う。

先生は毎日文献をチェックされ、その内容もよく記憶されていた。あるいは全国の虫屋について、文献上に現れる報文を通じて、人となり能力など大部分を把握されていたかもしれない。掲載された文献の種類に差を付けず、手書きのサークル誌でも、学会誌でも、内容の正確さと科学的な意義を最優先して判断されていた。当然、記録者が小学生であろうと、大学教授であろうと区別されず、等しく意義のある報文を書く者については応援された。チョウの記録については、毎年、雑誌にその年のレビュウを書かれていたが、甲虫の記事についても楽しんで読まれていたので、甲虫についての文章も書いていただけば面白かっただろうと思う。自身でも色々な甲虫採集のエピソートをお持ちのようで、「宮崎県の平地でトラハナムグリを採集した」というような、耳を疑うような話もいくつか伺った。分布論や生物地理についても大変興味をお持ちで、我田引水のヒサゴゴミムシダマシやジョウカイボンなどの分布の話にも熱心に耳を傾けていただき、また、ご意見を伺った。

一度病気をされて、白水文庫の行く末について話をされた。いつまでも白水文庫として置いておきたいが、サークル誌や同好会誌などの重要性に価値を見いだせなくて、九大にその気がないことを憤慨しておられた。私は、その話を聞いた後に、どこか収蔵場所を確保したいと思ったが、その話を切り出し掛けたときには、ホシザキグリーン財団に一括して移管する話をまとめられており、ホッと肩の荷が降りた気がした。その後、大部分の文献は既に移管され、現在、ホシザキでは全ての文献目録を作り、必要な研究者にはコピーサービスができるよう整備を進めているそうである。

先生の大病後、多少訪問する回数が少なくなったが、それでも、出かけるたびに「論文の方はどうなったか?」と、ジョウカイボン研究の進展ぐあいを心配された。アセスメント業務の忙しさにかまけて研究の進展が遅れ、あれこれと言い訳をした。そのくせ、浮気して始めたアオハムシダマシの面白さについて延々と説明し、先生は興味深そうに聞いてくださった。

昨年3月には、10年近く勤めた会社を退職することになり、ご相談とご挨拶に出かけた。先生はたいそう心配して下さり、履歴書と別刷りを請求して、心当たりのところへ運動してくださった。そうこうして、一身上のことで走り回っている最中、大阪から帰宅してみると訃報が届いており、一瞬呆然とした。

先生は一時よりお元気になられ、「少しなら酒も飲める」と話されていたので、まだまだこれからと考えていたし、つい一ヶ月前にお会いし、親身になって心配して下さったばかりだったので、嘘のような気がした。先生の最晩年の貴重な時間を、私事で煩わせてしまったことについて、深い後悔と感謝の念に包まれて、告別式に出席した。

遺影を目前にして、「たいしたこっちゃない、力になれんかったな。」との、先生の声が聞こえたような気がした。 合掌


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日本産アオハムシダマシ属の再検討