今坂正一の世界
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和名と亜種和名についての一提案

今坂正一

現在、各県において絶滅の恐れのある野生生物−レッドデータブック−作りが、盛んに行われている。各県の保護上重要な種について、絶滅危惧種、準絶滅危惧種等のランクの指定と、和名、学名、分布、およびその県における生息状況と保護の必要性などが明記されている。しかし、時に指定された種の数が多い場合に、本のページ数との兼ね合いで本文中に掲載しきれず、巻末に一覧表等の形で追加表示してある場合があり、その際和名だけが表示され学名が省かれているものも見受けられる。また、環境アセスメントの報告書や、自治体による環境白書、市史、時には同好会誌等においても、しばしば学名を伴わず、和名だけによる記述が見られる。
この場合、現在多くの研究者・同好者に知られている九州大学編集による日本産昆虫総目録(以後、九大総目録と省略:1989)や最新の図鑑に載っている和名が使われているとしたら、特に問題はないが、古い図鑑の和名や、逆に著者や一部の人が仮称している和名が使用されている場合には、利用する大部分の人は、その和名の種を認知できないことになる。また不幸にして、印刷ミスなどで誤字・脱字等があった場合には、著者に問い合わせる以外に掲載された種の正体を知ることができない。それが、保護上重要な種についての記述だとすると尚更のこと、極力解りやすい形で掲載することが要求される。種を記録する場合は、多くの人が知っていてよく使用される和名と、最新の学名とを合わせて掲載することが望ましい。

1.日本産の昆虫には和名をつけよう。
上記の九大総目録の編集に尽力された森本桂九州大学名誉教授のご教示によると、九大総目録においては、日本産昆虫約2万9千種が掲載されており、その後も毎年、平均約300種程度の新種が記載され続けていると推定されるということなので、現在(2001年末)は約3千6百種増加して、日本産昆虫は約3万2千6百種程度になるらしい。その膨大な数の日本産昆虫類のうち、大部分は和名がつけられているが、ハチ類、ハエ類、アブラムシ・カイガラムシ類、ウンカ・ヨコバイ類などを中心として、かなり多く(2000種以上?)の和名を持たない種がある。筆者が扱っている甲虫類においても、アリヅカムシを含むハネカクシ科、ゾウムシ科など、種数が飛び抜けて多く、現在も分類学的整理や新種記載が進行中のグループにおいて、和名のない種が多いようである。
これら、先端的な分類を扱う研究者は、科や属を含む系統的な種の位置の決定には積極的で、通常、形態の詳細な再検討を通じて学名を決定する。一方、和名を付けることには消極的な人が多いようで、これらの人の意識の中では、分類をやることの意義の中に、多分、和名を付けることは入っていないと推察される。適切な系統関係を示して、学名を付せばそれで分類作業は終了したと考えられているのだろう。
しかし、種が記載された後、初めて、分類学以外の応用・生態・生理などの研究者や、環境アセスメントの関係者、同好者、官公庁、マスコミ、一般の人などが、その種の取り扱いを始めるのである。日本人であれば、和名が付いている方が扱いやすいのは明らかである。文書として示すにしろ、口頭で伝えるにしろ、学名のみでは、専門家以外の第三者に伝えにくいと思う。種の記載を試みる人は、面倒がらずに、是非、和名の命名も試みて欲しい。学名だけで事足れりとの態度をとることは、分類を専攻する研究者としては、あるいはわがままで、無責任だとの指摘を受けるかもしれない。たとえが少し乱暴になるが、和名を指定しないことは、料理人が、材料を厳選し調理の方法に工夫をこらしてすばらしい料理を作った後で、食べる人の都合や、盛りつけの器の事を考えずに、一律に大皿に盛りつけるようなもの、と言えるかもしれない。
また当然、現時点で和名のない膨大な数の種についても、新しい昆虫目録や図鑑の発行時に、是非和名を付けて欲しいと思う。これも、門外漢では適切な和名が付けられないと思うので、専攻する研究者かあるいは所属する学会等で命名されることを希望する。この点も、それらの方々に責任があると考えられるからである。
それから、和名はできるだけ短く、簡潔に命名されることをお勧めしたい。地名などを付ける場合でも、可能なら、ギフケンタカヤマノオクノタニゴミムシダマシなどと無闇に長たらしい和名はなるべく避け、タカヤマゴミムシダマシあるいはオクノタニゴミムシダマシくらいには縮めたいものである。15字を越える和名は、多くの種を扱うリスト作りを始め、種々の記録には煩雑である。是非、長くても15字以内を心がけていただきたいものである。
和名は、その種の特徴を叙述に示す名がふさわしいわけだが、一方では単なる符号であるという側面もあるので、多くの人が解れば良いと言えるかもしれない。虫の和名については、難しく蘊蓄を傾けた長い名前を付けるより、短くて解りやすい、あるいは読みやすい和名を付けた方がいいと思う。

2.和名はなるべく変更しないようにしよう。
和名には命名法は存在しない。従って、先取権はなく、その種をどのような和名で呼ぼうと自由である。同好者や愛好者が多いカミキリムシ類などでは、図鑑が新しく発行されるたびに、特に必要とは思えない種についても、和名が変更されていることがある。これはとても困ったことだ。できるだけ、最初に付けられた和名を尊重し、よほど不都合がない限り、和名は変更しないようにしよう。図鑑ごとに違った和名が使用されていては、和名のみが表示されたものについて、どの種についての記事なのか判断が難しくなってしまう。その点、蛾類大図鑑では、異名として他の図鑑等で使用された古い和名が収録してあり、大変便利である。他の図鑑類でも、できればこういう配慮も必要だと思う。
また、分類研究者の中には、時折、所属の再整理や変更に伴って、和名を変える人がいる。かつてウスバシロチョウと呼ばれていた種は、最近の図鑑ではウスバアゲハと表示されているものもある。本種の所属が、シロチョウ科ではなく、アゲハチョウ科であるということを強調するための改名と思われるが、古くから慣れ親しんだウスバシロチョウという和名を特に変更する必要はないように思う。分類学上の改名なら、亜科名としてウスバアゲハ亜科と表示すれば事足りるような気がするのだがどうだろうか?
さらに、亜種関係から和名を変更する人もいる。例えば、かつてアオバホソハナカミキリと呼ばれていた種は、最近の図鑑では、大陸産が原亜種で、本土産は本土亜種として区別されるために、ホンドアオバホソハナカミキリとの和名が提唱されている。これなど、学名と和名を不用意に関連づけた例と考える。そもそも、アオバホソハナカミキリという和名が付いていたのは本土産であって、大陸産は和名とは無関係である。大陸産にどうしても和名を付けたいのであれば、原亜種であっても、タイリクアオバホソハナカミキリ、あるいはアオバホソハナカミキリ大陸亜種(あるいは原亜種)で良いわけである。本土産にホンドという接頭語を付けて、長い和名に改名する必要はないと考える。和名は国内産につけられた名前で、かつ、その種の学名の変遷とは別次元のものなので、学名の変更に伴う和名の変更はしない方が良いと思う。
とにかく、和名と学名が同時に変更されてしまうと、一部の専門家を除いて、過去に使用された和名の種と、変更後の種が同一種かどうかの判断が、まったくできなくなってしまう。間違った食草に由来する名前など、明らかに不都合な和名でなければ、できるだけ、古くからみんなが使用している和名は変えないようにしよう。

3.亜種の和名についてルール作りをしよう。
ウンゼンルリクワガタ、チョウセンヒラタクワガタ、ツシマヒラタクワガタ、この中で亜種の和名でなくて、種の和名はどれか、解るだろうか? 当然、クワガタムシを囓ったことがある人は解ると思う。正解はチョウセンヒラタクワガタで、後の2つは亜種を示す和名(亜種名)である。和名を見ただけで、それが亜種名かどうか解らないのは、大変不便である。先に上げた九大総目録(1989)が編集された頃は、パソコンの機能が不十分で、リスト作りの際、和名として主として使用されるカタカナと漢字との併用(混在)が難しく、従来の漢字を使用した天牛科とか、鞘翅目とかの表示が難しいため、カミキリ科とか、コウチュウ目とかのカタカナ書きで表示されたと考えられる。そのため、亜種名もルリクワガタ雲仙亜種ではなく、頭に亜種地名を付けて、ウンゼンルリクワガタのように表示されたと推察される。
また、多くの亜種を持つ琉球のカミキリムシでは、イシガキヨナグニゴマフカミキリ、トカラオキナワゴマフカミキリなどといった地名を重複させた変な和名も付けられている。しかし、先に述べたように、これでは種名なのか亜種名なのか、門外漢にはまったく解らない。やはり、一目見て、亜種か種かを判断できる方がよほど便利である。
一つの方法としては、上記のようにルリクワガタ雲仙亜種と、後ろに亜種を表示するやり方がある。最近のパソコンでは漢字が混じっていても特に支障はなく、筆者はそれで良いと思うが、どうしても、カタカナと漢字の併用を嫌がる人のためには、亜種名と語幹になる種名の間に中点を入れて、ウンゼン・ルリクワガタという表示方法を提案したい。ツシマ・ヒラタクワガタ、チョウセンヒラタクワガタと続けたら、ルリクワガタとヒラタクワガタでは亜種の和名であり、チョウセンヒラタクワガタのみが種の和名であることが一目瞭然である。和名を可能な限り解りやすくするために、亜種についても、ルール作りをしてはどうだろうか?
そのように書かないものは総て排除するということではなく、なるべくみんなで解りやすい方法を確立するために、標準のルールを作ろうというのが今回の趣旨である。
昆虫学会で、九大総目録(1989)以降の追加と訂正を含めて、新しい日本産昆虫目録を作成する計画が進行中と聞く。総ての種に和名を付し、亜種と種の区別ができるようなルール作りをされるよう、切に希望したい。


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